大阪市音楽団で歌へ、君が代

[BandPowerの富樫鉄火氏コラムへのリンク&「君が代エイド」構想を追記。]

遂に来たか、というニュースですね。

橋下市長、市音楽団員の配転認めず「分限免職」 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120405-OYT1T01403.htm

法律的には、この「分限(免職)」という措置を強引に実行できるのか、していいのか、というところが争点になりそうで、きっと職員として闘うべきところなのだと思いますが、

ひとまず大阪市音楽団の歴史のおさらい。

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ウィキペディアにもあるように、前身は陸軍第四師団軍楽隊。

第4師団軍楽隊

  • 1888年2月28日 大阪鎮台に第三軍楽隊の配属が決定。
  • 1888年3月6日 楽長以下51人編成の軍楽隊が着任。
  • 1888年 軍制の改編により大阪鎮台は廃止され、第4師団となる。
  • 1923年3月25日 軍縮により第4師団軍楽隊廃隊。天王寺音楽堂にて告別演奏会を行う。

大阪市音楽隊

  • 1923年6月1日 元隊員有志により大阪市音楽隊として創立。当時は会員制として運営し、大阪市の支出する補助金と演奏依頼による収入により経営していた。
  • 1934年4月1日 大阪市直営となり、団員は全員大阪市職員となる

大阪市音楽団

  • 1946年6月22日 大阪市音楽団に改称。
Osaka Shion Wind Orchestra - Wikipedia

陸軍軍楽隊以来の歴史については、『大阪市音楽団60年誌』(1983)の記述が詳細です。

軍楽隊が、両大戦間のいわゆる「ワシントン体制」の軍縮で廃止されて、音楽隊は一度、解散の危機があったんですね。『60年誌』では、軍楽隊がなくなることを惜しむ市民の声があって、それに後押しされて大阪市があとを引き受けるようになった、というニュアンスで記述されています。

2003年に出た『80年誌』には付録CDが付いていて、第四師団時代の演奏を聴くことができます。

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技術レヴェルはというと……、

最近出た『民謡からみた世界音楽』では、竹内有一さんが論文「かっぽれ百態」のなかで、1922年発売と推定される「かっぽれ」の吹奏楽編曲の演奏を

精悍さに欠ける、朴訥とした、いかにも吹奏楽の導入期といった技術の演奏。[……]稚拙さが否めないのは、編曲の手法や完成度にも要因があるように思われる。(203頁)

と形容していますが、それでも、「かっぽれ」やオペラ編曲など、いわば「民生音楽」を積極的に演奏して、それが民間の音楽隊ブームに火を付けたわけで、今日の私たちがイメージする「ウィンド・オーケストラ=管楽器によるオーケストラ」というのとは違う感覚で、目新しく、なくなるのが惜しい団体だったのだろうと思われます。

民謡からみた世界音楽―うたの地脈を探る

民謡からみた世界音楽―うたの地脈を探る

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そして次に、1931(昭和6)年大阪市立天王寺商業学校へ入学して、音楽部の吹奏楽でホルン(アルト・ホルンだったとの説も)を与えられた大栗裕の回想(大阪音楽大学『大阪音楽界の思い出』1975年より)。

私の中学校は天王寺商業であるが、こゝには当時としては珍しいブラス・バンドがあった。入学早々、私はこのバンドに入っていた。しかし、これも自発的な意志とはいい難い。昨年、物故された高丘里光先生が創立されたバンドは、その後中学吹奏楽界の名門として自他ともに許す存在になったのだが、その第一黄金期に相当する昭和十年頃に私はこのバンドに所属していた。

[……]

我々は放課後、学校から楽器を掲げて音楽堂まで足を運ぶ。音楽堂の舞台に、或いは楽屋に、又客席の木陰でそれぞれの楽器に分かれて隊員の指導を受ける。私は今でも暑い夏のひる下り、蝉の鳴き声をきくとあの音楽室で指導を受けた若い日々を思い出してならない。前大阪市音楽団長の辻井市太郎氏も既におられて、長身白晢[はくせき]のスマートな姿体は、軍楽隊出身のおじさん達の中では一段と光ってみえたものである。

高丘先生が音楽隊の人達に無報酬で学生を指導してもらうその交換条件として、独・仏語を教授するということであったらしいが、隊員の方は随分御迷惑であったと思う。しかし当時のこの隊員の人達と私が同じステージで職業音楽家として並ぶであろうことは、予想すらできなかった。既に亡くなった富岡進氏に私はホルンを習ったし、現在ピアノ調律のベテランである大岩隆平氏[フルート奏者]などが、後に関西交響楽団(現大フィル)が組織された時、ご一緒になった人々である。

[……]

私の耳にはコルネットの渡辺さん、副隊長の勝部さん(クラリネット)、バリトンの須永さんらの清澄な音が未だに響いている。当時とくらべると団員の数は増加したし、演奏技術のレベル・アップも当然だろうが、あの頃の音楽隊の演奏は我々には天上の音楽にもひとしかった。(329-330頁)

私は、大栗裕の文章は、「文学的」というのとは違う素朴な文体だけれども、必要な情報をちゃんと伝えて、味わいがある、と思っています。(放課後、学校から楽器を「掲げて」、というのがいいじゃないですか。音楽をやるのは、誇らしいことだったんですね、きっと。)

前にも引用したかもしれませんが、大阪市音楽隊の天王寺公園での演奏を記述した次の一節は、光景が目に浮かぶ文章で、私はとても好きです。

我々中学生が、遠慮なく聞ける音楽会、これは今も尚続けられている大阪市音楽隊の演奏会である。毎土曜だったと思うが、黄昏の微光から徐々に、ステージだけが明るく浮かび上り、林亘隊長の指揮の下で鳴り響く輝かしい音を聴くために我々は胸をときめかしながら天王寺公園に通った。(334-335頁)

大栗裕は後年、山歩きと写真が趣味でした。風景を目に焼き付けるタイプの人だったのではないかと思います。オペラや劇伴、音楽物語を得意としたのは、「絵」をイメージして、それに音楽を付ける人だったからなのかもしれません。

……と、いつの間にか大栗裕の話になってしまいましたが、

大阪市音楽団は、こういう風に大栗裕の音楽人生の原点であり、後年、恩返しするように、吹奏楽の2つの代表作「吹奏楽のための神話」(1973)と「吹奏楽のための大阪俗謡による幻想曲」(1974)を同団のために書いたわけです。

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軍楽隊が大阪市へ移籍するきっかけになった1920年代の「軍縮」は、結果的にはつかの間の夢でしかなく、10年後にファシズムの台頭を招き、第二次世界大戦へ突入するわけですが、

このたびの「平成維新」は、音楽団を犠牲にする甲斐のあるような、長続きする政策なのでございましょうか?

みんな、頑張って生きていこう!

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大阪市音楽団は、4/20の大栗裕没後30年演奏会でも「小狂詩曲」と「神話」を演奏してくださいます。応援を兼ねて、4/20はシンフォニーホールへ是非!

http://www.osaka-phil.com/schedule/detail.php?d=20120420

「コラ、橋下! なんちゅうタイミングで、市音を切るなんて言い出すねん。雲の上で大栗先生が悲しんどるぞ!」

[追記]

ここまでで、大阪市音の「いい時代」をめぐるお話はおしまいです。

以上の話をもとに、大正時代以来の無形文化財として大阪市音を存続しよう、という話を盛りあげる、というやり方もあるとは思うのですが……、

それは話の反面でしかないようにも思われます。

ここからは、やや「武闘派」な話題へ切り替えます。大栗裕はかならずしもそこへ深くコミットしてはいなかったと思いますが、吹奏楽という文化の周辺にある「武闘派」な部分にこの際注目してもいいかもしれない。まして、橋下氏の「維新」と衝突しようとするのであれば、本線はこちらかもしれないと思うのです。

しかし、それでもなお、私は、市音の廃止に、声を大にして反対を唱えたい。理由は、「文化」とかそういうことではない。もう、私たち日本人は「歴史を断絶する」ことは、やめるべきだと思うからだ。

富樫鉄火のグル新第82回 大阪市音楽団を「廃止」してはいけない理由

革新幻想の戦後史

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【君が代エイド構想について】

上に引用した富樫鉄火氏のコラムにあるように、第四師団軍楽隊の廃止を惜しむ声があがった背景には、同隊のシベリア出兵での献身的な活躍があったようです。公的な任務を果たしてきた人たちに、恩を仇で返して良いのか、という論理ですね。

その意味で、市音がこれからやるべきもっとも効果的なキャンペーンは、橋下支持団体を回って、彼らが聴いたことのない程感動的に「君が代」を演奏することかもしれません。維新の会の皆さまに、国歌の素晴らしさを知らしめるキャンペーン活動です。

市音に恩義を感じる吹奏楽作曲家は、それぞれが思い思いに「君が代」をアレンジして、市音に無償提供する「君が代エイド」をやればいいのではないか。

フィリップ・スパークやヤン・ヴァンデルローストがアレンジした「君が代」、あるいは宮川彬良の「君が代」、聴いてみたいぞ! 市職員が喜んで大きな口を開けて歌いたくなる「君が代」の決定版が誕生すれば、八方うまくおさまるじゃないですか。

そういうことをするのは国歌への冒涜である、という論理に対しては、市職員(である市音メンバー)が極めて忠実に服務規程に従い、市への最後のご奉公として「君が代」に対する献身的な忠誠心を表明しようとしているのですから、弁護士・橋下が、かならずや盤石の体制で擁護してくれるはずです。

そして寄付金を募るためのイベント、「君が代マラソン・コンサート」とか。いいんじゃないか。マジで。

なんといっても、市音は、日本でおそらく最も頻繁に演奏されている「天の岩戸」神話の音楽(by大栗裕)を世に送り出した団体なのですから、彼らには、堂々と胸を張って「君が代」を演奏する資格がある。

この公共心あふれるキャンペーンのCD作ったり、販促活動を行うところへ出入り業者さんを巻き込めば、日頃、癒着とか何とかいっている人たちも認識を改めてくれることでしょう。

やってください、是非。

(そしてこのキャンペーンが成功した暁には、センチュリー交響楽団(大阪センチュリー改め日本センチュリー交響楽団)にならって、堂々と独り立ちして「日本音楽団」を名乗ればよろしい。どんなもんでしょうか?)

君が代のすべて

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[この話題、以下へ続きます。 → http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20120407/p1 ]