茨木のオペラ

前のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20120518)の背景はそれなりに面白い話なので、解説を添えておきましょう。

茨木というのは、旧城下町でありまして、川端康成らを輩出した旧制中学や、新制で共学になった今も音楽がさかんな旧制女学校があり、もともと、この旧市街(以下、仮に「茨木村」と呼ぶことにします)の方々が文化活動のコアでした。(松下眞一もそこへ連なる人です。この方々の習俗や言葉は上品でちょっと陰険なところもあって(笑)、大阪よりも京都に近い感じがします。)

松下真一 作品集-現代日本の作曲家シリーズ30

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松下真一:カンツォーナ・ダ・ソナーレ第1番 (1960 初演 若杉弘指揮)/ゲシュタルト17 (1970)/ピアノ四重奏のための「結晶」(1968 初演) 他

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ところが、1970年の万博を機に竹藪だった丘陵地帯が猛烈な勢いで開発されまして、郊外は京都と大阪の通勤通学圏内の住宅地になっています。私が住んでいるのもその一角ということになります。以下、仮にこちらを「竹藪の住宅地」と呼ぶことにしましょう。

富士正晴 (ちくま日本文学全集)

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茨木にはノーベル賞の川端康成だけでなく、「竹林」の人、富士正晴もいましたね。
井上靖全集〈第11巻〉

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井上靖は毎日新聞の記者時代に茨木へ下宿していたそうです。オイストラフ招聘の顛末を書いた『黒い蝶』にも、駅を降りると田園が広がっていて何もなかった当時の茨木がちょっとだけですが出てきます。

茨木のクラシック音楽は、「茨木村」の各方面へ顔が利く方々が、「竹藪の住宅地」なんぞという怪しげな場所に住みながら京都や大阪で仕事をしている音楽家(いわば、河原乞食、茨木らしい言い方をすれば、竹藪乞食でしょうか(笑))を適宜ピックアップしてコンサートを開く、という構造になっています。

北摂の高槻、茨木、吹田といったあたりは、阪急のお膝元の宝塚・箕面・豊中・池田より開発が遅く、伊丹・尼崎を挟んだいわゆる阪神間などのハイソな地域とは比べるべくもないですけれども、こういう形で、それなりの人材を回していける歴史的・社会的・文化的な土壌があるわけです。

たとえばオーケストラは給料が安いですから、70年代に手ごろな価格で建てられたこのあたりの家に住んでいる大フィル奏者なんていうのが結構いた(いる)わけです。そういう先生方が「茨木村」の名士な方々に誘われて、地元での音楽活動をはじめたのが、茨木の音楽芸術協会のはじまりです。

(一方、西宮や宝塚などの音楽家の団体には、音大の先生や本当に稼げるソリストの方々が揃っています。このあたり、そういう先生方は、もっと高級なところへ住んでいるということですね。音楽家協会といっても、町ごとに顔ぶれが違うところは妙にリアルです。

そして茨木にも大学の先生みたいな方々がいないわけではないのですが、地元にそういう人たちがいるのは「茨木村」の方々の世界観と齟齬を来してしまいますので、いつのまにかフェードアウトしてしまうようです。難しいものです。)

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来年、茨木市の音楽芸術協会は岩田達宗さんをお招きして「赤い陣羽織」をやろうとしているわけですが、これは、ふと気がつけば、郊外の竹藪にずいぶんたくさんオペラ歌手が育ってきたので、ここらで何かやらせてみよう、というところからスタートした企画です。

そうして話を進めてみますと、竹藪の乞食ども(←白石を含みます)というのは笹や竹と同じくらい繁殖力が強く、ワーキングプアな皆さまがオイシイ話へ群がるようにワラワラと集まって参りますので、あっという間に座組ができてしまいました。顔合わせをして、各方面への手続き上の問題もクリアして、稽古のスケジュールも徐々に固まって、そろそろ実際に動き出すか、というところへ来ております。

が、ここで問題発生!!

非常にありがちなお話なので勘の働く人なら予想がつくかと思いますが、「茨木村」の皆さんからしてみれば、竹藪の連中に茨木を占拠されては困るわけです。

そもそも、千里の竹藪切り開いて日本万国博覧会なんぞという巨大イベントをやったあたりから、茨木はおかしなことになってしまった、というのが、「正しい茨木村の歴史認識」です(松下眞一も晩年にはそう考えていたと思われます)。竹藪乞食がワラワラと集まって何かやらかすことに対して、「茨木村」は強烈な警戒感があるわけです。

そういうのはヤバい、というのは、「万博の悪夢」(群衆がワラワラと押し寄せる異常な日々のあれこれ)の記憶とともに、村の人々の遺伝子に組み込まれた思考様式なのでしょう。今回も、竹藪乞食をコントロールするべく、「茨木村」のエージェントが送り込まれております(笑)。エージェントですから、口うるさいのは当然で、そうやって相手の神経を苛んでスキへ食い込もうとするわけで、何やら当方にはわからないそちらのロジックで今が潮時ということになったのでしょう。ここから先はワタシが仕切る、ということでございますので、だったらあとはお任せすることにした、という次第でございます。

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ということで、絵に描いたようにわかりやすい展開になっております。

「赤い陣羽織」は、町から来た美人の女房(おかか)にお代官が横恋慕するお話ですが、

茨木でこれを上演しようじゃないか、と竹藪と京都や大阪の町を往復する者どもがワイワイやっていると、村の顔役が「ワシも仲間へ入れてくれ」とやってきたわけですから、ほぼ同じ話であると言えなくもない。木下順二の民話劇が、舞台の表と裏で同時進行する趣向と相成りました。

しかも!

今回の公演では、こうした舞台裏の事情を当日の会場のお客様にも素通しでご覧いただける仕組みになっております。

と申しますのも、歌手の人選は、私も事務方としてお手伝いしながら既に決まっておりまして、こちらは、正真正銘の河原乞食・竹藪乞食の一座でございます。これを岩田達宗さんが束ねる手筈になっています。

一方、ピアノを中心とする器楽の人選はこれからで、そのピアノを演奏してくださいますのが、大阪音楽大学オペラ研究科から演奏員を拝命している「茨木村」の有名人です。彼女が器楽隊をとりまとめると同時に、今年度は協会役員として辣腕を振るうことになっております。

歌手の皆さまは、いわば、町からやってきた美人のおかかとその仲間たち。器楽隊は、お殿様から赤い陣羽織を拝領したお代官(女性ですが)とその配下の者ども、というわけです。

かつてお殿様のお褒めにあずかった赤い陣羽織が一生の自慢、村の顔役として平穏な生活を送れば、そこそこ幸せではないか、と思う心と、美人をめとったおやじをねたましく思う押さえられない欲動が交錯するお代官とはいかなる人物なのか?

そのうえ、茨木で「赤い陣羽織」をできるんじゃないか、というのは、もとはといえば、(私ではなく)彼女の発案です。その後色々あって、具体的な座組は、一度リセットしてゼロから組み立ててられたものではありますが(当初案リセット後にここまで来るのに一年くらいかかっています)、お膳立てが整ってくると、一度はソッポを向いたものの、やっぱり欲が出て来まして、茨木で「アカジン」をやるなら私が中心に決まっているわ!ということになる。彼女の強い思いには、スザンナがフィガロと結婚しようとするまさにその瞬間に、既に廃止されたはずの初夜権を主張しはじめるアルマヴィーヴァ伯爵のテイストが加味されているかもしれません。

必見、と申せましょう。

ボーマルシェ〜フィガロの誕生 [DVD]

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打合せのなかで、岩田さんは、「地域のイベントとして芝居・公演をやるときには、その地域に何か特色があるんだったら、舞台上にはっきり《見える》ようにしたほうがいい」とアドバイスしてくださいました。

まさかこういう形で、とは予想していらっしゃらなかったと思いますが、「茨木が見える/茨木を見せるオペラ」になりそうです。

(いつの間にか白石知雄がいなくなっている、というのも、「あの人はヨソ者だから」という事情をありありと可視化しているわけです。)

なかなか、いいんじゃないでしょうか。(^^)

2012年度内なので、辛うじて大栗裕の没後30年にひっかかっているようにも見える公演。大阪フィル他による先日の「蘇る大阪の響き」とも、吹奏楽の皆さまによる大栗裕企画とも、また違った形で、木下順二原作・大栗裕作曲の音楽喜劇、権力と欲望のファルスが舞台の表と裏で同時に展開致します。

これで文字通り「役者」が揃いました。公演は来年の2月17日。チケット発売は11月の予定です。お問い合わせは茨木市文化振興財団窓口まで。

大栗裕:歌劇「赤い陣羽織」

大栗裕:歌劇「赤い陣羽織」