映画のなかの大阪(「めし」と「家族」)

世間に降り注ぐ奇怪な電磁波のつぶやきを振り払って正気に戻って、映画のなかの大阪をチェック。そのうちどこかで使える素材がありはしないかと、この映画に大阪が出ていると知ると、どうしても確認したくなってしまうのです。

めし [DVD]

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昭和26年、成瀬巳喜男監督の「めし」はめちゃくちゃ有名ですが、舞台になる夫婦の長屋は阪堺電車天神ノ森だそうですね。北浜の株屋街や中之島や道頓堀も出てきて、なにより、大阪駅を正面から撮った姿は、(それほど絵になる駅ではないので)珍しい気がしました。

でも原節子は、やっぱり東京へ出て来た後半で俄然生き生きしてくるし、居間で原節子、島崎雪子、杉葉子、杉村春子の女優4人が向き合うと、それだけでドキドキしますね。

成瀬巳喜男の設計―美術監督は回想する (リュミエール叢書)

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路地のあたりは、かつて蓮實重彦がインタビューした中古智のオープンセットですね。同じ東宝は、4年後の「夫婦善哉」で今度は法善寺を再現してしまうわけで、この頃の大阪ものは、東京の撮影所の美術さんが腕を競う一種の競技、既にかなりヴァーチャルだったように見えます。

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あの頃映画 「家族」 [DVD]

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山田洋次監督の「家族」は、吉見俊哉『万博幻想』(『万博と戦後日本』)で知った映画。

万博と戦後日本 (講談社学術文庫)

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長崎の炭坑の島から釧路の開拓村へ一家で移住する日本縦断は、福山の大工場(小学校で習った「瀬戸内工業地帯」ですね)とその社宅=団地とか、東北が車窓風景だけでほぼスキップされてしまうところとか、北海道の開拓村がほぼ外国(アメリカの中西部?)に見えるところとか、色々考えてしまいますが、1970年の春にこれを企画したとき、「万博の大阪」を宣伝やタイアップでない仕方で撮ることは、きっとひとつのポイントだったんでしょうね。

キタの全景(朝日放送のテレビ塔から撮ったのでしょうか?)から列車の到着にあわせて大阪駅周辺にカメラがズームして、阪神・阪急デパートの外観がくっきり見えるあたりで、胸がしめつけられるような気がしてしまうのは、ほぼ同じ時期に大阪へ一家で出てきた者として、しょうがないことだと我ながら思ってしまいますが、撮影意図として、阪急デパートにデカデカと「万博」の看板が出ているのを見せたかったのは明らか。地下の雑踏は阪神デパート前のタイルの模様が今と一緒だし、万博会場へつながる地下鉄(北大阪急行)の「万博中央口」を見て、ちょっと感動。

1970年(昭和45年)2月24日、南北線・会場線 江坂 - 千里中央(仮駅) - 万国博中央口間が開業。万国博開催中、千里中央(仮駅) - 万国博中央口駅間は、現在の中国自動車道の上り線部分を会場線として使用した。

北大阪急行電鉄 - Wikipedia

千里中央から太陽の塔がある正面入口まで、会期中は電車で行けたんですね(伊丹の空港からのモノレールが開通するのはかなりあと)。

それにしても、考えてみればこれはもう43年前の話。毎年戦没者の慰霊祭が行われる「先の戦争」はそこからさらに25年前ですから、今生きている人間がそれぞれの記憶の範囲内で「語り継ぐ」には、もはや遠すぎる過去なのかもしれないなあ、と改めて思います。

色々なところで、様々なしくみの「抜本的見直し」が言われているようで、そういうときに、「坂の上の雲」であるところの明治の精神、あるいは、本当は闇黒ではなかったかもしれない昭和前期のあれこれ(片山杜秀や與那覇潤などマスコミ的にはここが今一番来てる感じ)、あるいは、ぶっとばしたい人と再評価したい人が相半ばする丸山眞男な戦後民主主義、あるいは、最近どんどん評判が落ちている感じの全共闘な60年代とか、そのあたりが「今」を特徴づけて、測量するための参照点になるみたいですが、

実際には1970年からこちら側に起きたことを整理して、そういう近い過去の功罪を見極めてメンテナンスするだけで、結構どうにかなるところが少なくないんじゃないか、という気がするのです。今あるものを捨てて作り直す/新品に買い換えるのではなくて、中古品をリペア/リフォームするのではだめなのか、と。

そういう意味合いで、1970年以後を「歴史」として整理したい、と最近よく思います。社会学・社会科学方面で、この時期の主なトピックは拾い上げられていると思うのですが、そうしたトピック群を、そろそろ「歴史」として一度突き放してながめてもいいのではないか、と。

当然ではあるが、一切敬称は付さない。たとえ数ヶ月前の出来事であれ、「歴史」として書かれるものだからだ。(中川右介『歌舞伎 家と血と藝』、10頁)

この精神で1970年以後を眺めたい。

歌舞伎 家と血と藝 (講談社現代新書)

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