「トランスミュージック2007 江村哲二×茂木健一郎」音楽とクオリアのコラボは「ロマンチック」なのか「非ロマンチック」なのか?

脳科学者(という肩書きでいいのでしょうか)の茂木健一郎さんが、5月のサントリー音楽財団コンサート「トランスミュージック2007」で、作曲家、江村哲二さんとコラボレーションするようです。

「TRANSMUSIC 対話する作曲家 江村哲二〜脳科学者 茂木健一郎を迎えて」2007年5月26日(土) 開演15時、いずみホール

  • 第1部 江村哲二、茂木健一郎によるトーク
  • 第2部 コンサート
    • 武満徹/ノスタルジア〜アンドレイ・タルコフスキーの追憶に〜(1987)
    • 江村哲二/ハープ協奏曲(1997)
    • 江村哲二/≪可能無限への頌詩≫語りとオーケストラのための〜茂木健一郎の英詩による〜(2007 新作初演)

齊藤一郎(指揮)、篠崎和子(ハープ)、大谷玲子(ヴァイオリン)、茂木健一郎(朗読)、大阪センチュリー交響楽団

Suntory News Release No.9732

既に江村さんとはブログなどでやり取りが続いていて、このたび、お二人の共著も出たりするようで。

音楽を「考える」 ちくまプリマー新書 茂木健一郎・江村哲二/著
発売予定日 2007年5月7日 予定税込価格 798円

音楽を「考える」/茂木健一郎/著 江村哲二/著 本・コミック : オンライン書店e-hon

「時の人」だけあって話が大きく広がって、全貌を把握しようとすると大変なことになりそうですが……。ここ数日話題になっている「ロマンチックな科学」と関連するかもしれない話を書いたところでもありますし(→id:tsiraisi:20070419#p1)、ここには書いていませんでしたが今年は神戸女学院で「音楽を考える」という題目の講義を受け持ったりもしておりますので、これは淡々とウォッチングしないといけないのかなあ、と思っております。

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茂木健一郎さんというと、私はPalm系PDA(←電子手帳みたいなモノです)のユーザーですから、ひと頃SONYが出していたPDA「クリエ」シリーズとのからみで、異常に高価なSONYのブランド「クオリア」の由来になった概念の提唱者として名前を知ったのが最初。

先日NHKの番組で、大野和士さんの目の覚めるような「椿姫」前奏曲の解説に対する「それって大野さんの主観ですよね?」発言とか、宮崎駿さんとの対談で、「これだけ名声を得たのにまだ作品を作るんですか?」とか(この質問、まるで発言者ご本人が、もう十分名声を得たから本業はいいや、と思っているかのように裏読みされかねない発言ですよねえ……)、なんだか隙の多い番組司会者だなあ、と思っていたら、これが茂木さんの最近のご活動なんですね。^^;;

ここ数日は、「ロマンチックでないグーグル」発言が梅田望夫さんのブログ経由で反響を呼んでいるようですが……。

Lecture 2 Googleのようなgood old fashined A.I.が台頭した今、embodimentやintuition、複雑性に重きを置くromantic scienceはどうすれば良いか。

音声ファイル(MP3, 78.2MB, 85分)

茂木健一郎 クオリア日記: 茂木健一郎 東大駒場講義

お前たち、ロマンティックな研究をいくらやっていても「グーグル的なもの」に負けるぞ、時代はもう変わったんじゃないのか。茂木は若い研究者・学生たちをこうアジった。

シリコンバレーからの手紙127 科学者に衝撃を与えた「ロマンティックでない」グーグル

そもそもGoogleをA.Iと言っている時点で nonsense だ。ただ、Googleがトンボをシカトして飛行機を作ったという指摘は確かにfashionableだ。

404 Blog Not Found:ロマンス=99%の退屈と1%の達成感

抽象と具象を橋渡しする人間のイマジネーション。これこそが最大のロマンなんであって、グーグルどころかあらゆるチューリング・マシンの及ばないところなのです。

ってなことくらい言わなくてどうするよ。

赤の女王とお茶を 茂木と梅田のいる場所は既に科学者が2000年に通過した場所

まずはとりあえず、トランスミュージック関連リンクをまとめてみます。

演奏会の予習として、このあたり、あとで時間をみつけて読んでみようと思っています。大変そうですが……。

で、ここでは、このコラボレショーンの受け皿である「トランスミュージック2007」という見慣れない名前のコンサート・シリーズについて書いてみます。

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サントリー音楽財団コンサート「TRANSMUSIC 対話する作曲家」シリーズ

サントリー音楽財団では、関西における日本人作曲作品の振興を目的として 1986年から18回にわたり、毎年1人の作曲家の室内楽作品をまとめて、関西の演奏家を中心に上演するコンサートを開催し、第1回の武満徹から計22人の作曲家の作品を取り上げてきました。 2003年からは新シリーズとして、若い世代の作曲家たちと音楽の新しい方向性、可能性を探る試み「トランスミュージック 対話する作曲家」を開催しています。テーマ作曲家はさまざまなジャンルのゲスト・アーティストを招き、コラボレーションを行います。第1部「トーク」、第2部「演奏会」の2部構成です。
作曲家の作曲活動のみにとどまらない多彩な音楽活動をご紹介し、ひとりでも多くの方に同時代の作曲家とその音楽世界に関心をお寄せいただきたいと考えています。

Suntory News Release No.9732

というのが、公式プレスリリースの説明。作曲家が、毎回ゲスト・アーティストを指名する、他ジャンルとの「横断(trans)」企画だから「トランスミュージック」ということなのですね。監修は第1回からずっと伊東信宏さん。おそらく今回もトークの司会でご登場されるのではないでしょうか。

上の説明にあるように2003年から毎年この時期に開催されていて、今回は5回目。上のリンク先に過去の演奏会一覧が出ています。毎回、期待通りの「変なこと」(笑)が起きる音楽会です。

第1回は、昨年のザ・フェニックスホールのレクチャーにも出ておられた猿谷紀郎さんと、メディア・アーティストの岩井俊雄さん(ウゴウゴルーガの生みの親な方ですね)。ステージ上の生音の解析データを利用してグラフィックを生成し、舞台に投影する試みで、客席にCGを勉強している学生さんがたくさん来ていて、いずみホールが普通のクラシックor「ゲンダイオンガク」演奏会とは違った雰囲気になっていたのが印象的でした。

この演奏会については、当時「朝日新聞」大阪本社版夕刊に批評を書きました(『朝日新聞』大阪本社夕刊2003年5月29日、7頁)。

第2回は、権代敦彦さんとビデオ・アーティストの兼子昭彦さん。天台声明とグレゴリオ聖歌とチベット密教と自作を組み合わせて、「関西のクラシックの殿堂」と言っていいであろうザ・シンフォニーホールを音楽典礼の空間に変えてしまう壮大な試み。この第2回で、「トランスミュージック」は、一挙に「怪しげなイベント」へと舵を切ったように思います(笑)。坂本龍一が以前巨大ドームで上演した「オペラ」をもうちょっと良心的にしたような企画と言えるでしょうか。兼子さんが演出した慎ましい照明が、舞台上の出来事を天上から見守るグレート・マザーのまなざしみたいな効果を上げていました。

権代さんの作品は、ナマの音階をそのまま使ったりして、工夫が足りないといった評価をされたりすることもあるようですが、たぶんそういう「身も蓋もない」ところがポイントで、オリジナリティとかを素朴に信じてはいらっしゃらないのだと思います。この時も、色々あって最後は、ア・カペラで「ゆうやけこやけ」の合唱。権代さんは日本人でカトリックに入信した芸術音楽の作曲家であるわけですが、アートというより、(童謡・唱歌に心が動いてしまうことを含めて)自分自身の音の感性のルーツは何なのかというのを見つめている人で、そうするといつしか話が西と東を横断する壮大なヴィジョンへ広がってしまった、そういうことだったのではないかと思いました。

最近、権代さんがアンサンブル金沢のために書いた「84000×0=0」を聞いて、茫漠とした空間で変化は緩慢なのに、聴き手が注目してしまういわば「耳のフォーカス」のターゲットを少しずつ確実に移動させる作り方なのが面白いと思いました。世代的に当然ではありますが、サウンドスケープ論とかをまっとうにくぐり抜けている人なんですね。

この演奏会については、当時「音楽現代」に批評を書きました(『音楽現代』2004年9月号、206頁)。

第3回目は、伊左治直とイラストレーターの名倉靖博さん。演奏会のために描いたイラスト(当日巨大スクリーンに投影された)をあとでCDブックにして来場者に届けるというような試みがありました。私は、この頃まだボサノバというのをよく知らず、クールでおしゃれな音楽という漠然としたイメージしかなくて、ブラジルにこだわる伊左治さんのスタンスがピンと来なかったのですが、去年いずみシンフォニエッタが演奏した「綱渡りの娘、紫の花」は、まさに「音の綱渡り」の面白い曲でしたね。

昨年の第4回目は、三輪眞弘さんと人類学者の中沢新一さん。パンフレットには、中沢さんの最近の芸術人類学関係の著作の「ブックガイド」(←ブックガイドという言葉や書影入りのレイアウトが渋谷セゾン文化、ニューアカデミズの80年代っぽかった……)が載っていました。

会場は、大阪城内のコンクリートが露出する巨大倉庫で、客席はパイプ椅子。四方からライトで照らされる特設舞台に上がった弦楽四重奏が人の声の波形パターンをシミュレートしたり、壁際のハープ奏者が複雑な規則で架空宗教の「音楽修行」を演じてみせるといった、「人間コンピュータ」のテーマに取り組む三輪さんらしい作品。「怪しさ」が最大級に極まるアングラ的な公演でした(笑)。

演奏は、いずみシンフォニエッタ大阪のメンバー。過去4回では飛び抜けて難曲ぞろいだったのに、本当に精度の高い好演だったと思います。

それにしても、マニア的・ハッカー的なコンピュータ使用と、鉄筋やコンクリートの工場的な空間の組み合わせ、映画「マトリックス」のレジスタンスがその典型かと思いますが、この組み合わせがお似合いであるというイマジネーションの型は、何に由来するのでしょうね?

……ともあれ、こんな感じで毎回、不思議なことが起きるのが「トランスミュージック」。今回は、はたしてどうなるでしょうね。