淀川を描いた名曲 流れを調べに乗せた大栗裕(産経新聞「語り継ぐ淀川」)

産経新聞さんが連載「語り継ぐ淀川」で大栗裕を取り上げてくださいました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120303-00000126-san-ent

淀川をテーマにした音楽が大栗裕にあれば、という取材でしたので、天神祭にちなんだ「大阪俗謡による幻想曲」、三十石舟歌が第3曲に入っているヴァイオリン曲「淀の水車(みずぐるま)」、それから、構成組曲「淀川」のお話をさせていただきました。

辻久子リサイタルのために大阪労音が委嘱した「淀の水車」については、既に中之島国際音楽祭などでも取り上げられています(http://www3.osk.3web.ne.jp/~tsiraisi/musicology/article/nakanoshima2009-tsuji-hisako.html)。記者さんも、この演奏会を聞いていらっしゃったそうで、こういう曲があるなら淀川の連載に大栗裕を入れられる、と考えてくださったのだそうです。

今回ご紹介した3曲のなかで、珍しいのは構成組曲「淀川」ではないかと思います。

たぶん、大栗裕について書かれた従来の文章ではほとんど取り上げられていない作品だと思います。(ウィキペディアの大栗裕の項目にも出てこないですね。)大阪音大の大栗文庫にも、大栗裕の遺品のなかに公演のプログラムと録音があるだけで、一昨年から関係者に少しずつお話をお伺いして、ようやく具体的なことがわかってきました。

この曲を大栗裕に委嘱したアンサンブル・レネットと、そのリーダーだった華房良輔さんのことは、どこかでちゃんとご紹介しなければと思っておりましたので、今回、記事にしていただけたのが、私としては大変嬉しいことでした。

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華房良輔さんは関西の放送作家。中学以来の野坂昭如の悪友で、のちに作家稼業をやめて有機農法の集団農園を経営。最後は伊勢に移り、戎回しをはじめとする芸能のことを研究していました。

なんだか、つかみどころのない人生ですが、詳しいことはご本人の著作を読むのがいいと思います。

「藤本義一の11PM大阪版」と言って何のことだかわかっていただける世代の人であれば、ああいう番組があったころの関西の放送業界にいた人です。毎日がお祭りで、はぐれものだけれども貧乏くさいわけではなく、反体制の意地を張るけれども、人当たりのいいほんわかとしたキャラクター。

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これまでにも何度かこの本をご紹介したり、あと、小出しに野坂昭如にも言及してきましたが、実は水面下でアンサンブル・レネットと縁のある人たちのことを調べていました。大栗裕の足跡をたどっていくと、本当に色々なところへ人脈が広がります。

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で、アンサンブル・レネットは記事にあるように学校の音楽鑑賞会を企画するグループですが、そもそものはじまりは、演劇にも関わっていた華房さんが、学校の演劇鑑賞会がさかんなのを知って、演劇があるなら音楽鑑賞会があってもいい、と発想したのだと聞いています。学校の音楽鑑賞会を専門にやっている団体としては、草分けのようなグループなのだそうです。

(アウトリーチという概念がアメリカから入ってくるはるか以前の学校音楽鑑賞会事情については、興味をお持ちの方がいらっしゃるかも。)

アンサンブル・レネットは名曲鑑賞とかいくつかのレパートリーがあって、そのあたりはホームページを見ていただくと雰囲気がわかると思います。

http://www2.airnet.ne.jp/rainette/

(実は、私の学校にも来たことがあって、小学四年生のときに学校の体育館で聴いたのでした。)

オリジナルの作品を持ちたいということになって、ちょうどメンバーのなかに大阪音大の卒業生がいたので、管弦楽法の授業を受けたことのある「大栗先生」へ作曲を依頼することになったのだそうです。

1970年代初めといえば公害が社会問題になっていた頃で、淀川の汚染について考えようというテーマがありまして、「淀川」の大枠はミュージカル仕立てですが、そこに淀川にちなんだ民謡や、だんじり囃子のような芸能、落語「三十石船」などを適宜挿入しながら、華房さんの司会で進行します。何を入れるかにもよりますが、がっつりやると1時間くらいのステージになります。

(枚方で、第1部が野坂昭如講演会、第2部が構成組曲「淀川」というイベントが行われたこともあるそうです。大栗裕と野坂昭如は、華房良輔さんを通じて間接的につながってしまうんです。)

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ちなみに、大栗裕が70年代に公害問題を取り上げた作品としては、ほかに、「フラワー・バレエ 花のいのち」というフルオーケストラを使った一晩物の大作バレエがあります。

それから、大栗裕はレネットのためにもうひとつ、大阪の民話に詳しい作家かたおかしろうの構成・脚本で「日本のわらべうた」という作品も書いています。全国の民謡・わらべうたを紹介する出し物ですが、そのなかの大阪コーナーは、かたおかしろう作「大阪の蛙 京都の蛙」というお話を膨らませた20分程度のミュージカルになっておりまして、レネットでは、この「大阪の蛙 京都の蛙」だけを取り出して上演することもあります。(私も、昨年の秋、丹波篠山での公演を見学させていただきました。)

「大阪の蛙 京都の蛙」は、大阪から京都へ行こうとする蛙と、京都から大阪へ行こうとする蛙が国境の天王山で鉢合わせ、という設定で、大阪の蛙は大阪言葉、京都の蛙は京言葉でしゃべるレチタティーヴォを大栗裕は書き分けています。学校向けの平易な作品ではありますが、歌劇「夫婦善哉」の作曲家らしい仕事とも言えますし、大阪に生まれて京都の女子大で教えていた大栗裕にうってつけだったとも言えそうです。

……というわけで、子供向けだからといって副次的な作品と言って済ませることのできない作品を、大栗裕はアンサンブル・レネットのために書いているんです。

大阪むかしむかし〈上巻〉

大阪むかしむかし〈上巻〉

大阪むかしむかし〈下巻〉

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アンサンブル・レネットは、かたおかしろう原作で、別の作曲家に委嘱した「天満の寅やん」というレパートリーも持っています。「天満の寅やん」は、かたおか作品の中では有名なものであるらしく、大阪の劇団が茂山千之丞さんの演出で上演したこともあるのだとか。

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昨秋は、片山杜秀さんが大阪のザ・フェニックスホールで「わんぱく王子の大冒険」というスサノオが主人公の東映アニメ映画を紹介してくださいましたが、

http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20111126/p1

実はいま大阪音大には、伊福部昭がNHKで製作した映像を伴う管弦楽作品のことを調べている院生さんがいたりもします。

伊福部昭の場合は、なんといっても「ゴジラ」の作曲家ですから活動の領域が広いことはある程度予想できるともいえますが、大栗裕も、コンサートホールの外でいろいろなことをしていたようです。

昭和後期の音楽について、わたしたちが知っているのは、まだまだ、そのごく一部分だけなのかもしれません。

(そして予想外のところへ人脈が広がっていった先が、妙に生活感のある話になっていたりするんですよね。ここしばらく取り組んでいた「中国/日本」の軸にもとづく日本の近代化の読み直しに関連づけて言えば、近代化=西洋化であるという風に肩肘張ることをしない/できないタイプの音楽家というのがいて、そういう人たちの仕事を丁寧に探っていくと、思わぬ発見に遭遇する確率が高い、今はそういう潮目になっているような気がします。)